第三章

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待ち合わせ場所は 自社ビル前 「おはようございます。栄一さん」 微笑んだ梶川が 俺の背に 手を添えて歩き出してすぐ 声がかかった 「真人くん。嬉しいわ、あなたと同じ職場で働けて」 きゃー、誰ですか 格好いい 王子がいるわ、王子 「ありがとうございます。葵さん」 スルッと組んだ腕 斎藤さんの 腕を振り払うことなく 歩き出す梶川 さっきまで 俺の背に添えられていた 手の温もりが ほんのり 残ったままの背中が寂しい 「よ」 掛けられた声に ハッとして 「どうした。背中が痒いのか?」 腰を曲げて 俺の顔を窺う岩田の 「手が届かない場所なら掻いてやろうか」 親切な申し出に 「・・・・・・・・・ぶはっ、はははは」 爆笑した そりゃあ、そうだ 背中に 添えられていた手の 温もりが消えそうで 寂しいと 男の俺が 思ってるなんて 誰も気づく筈がない 「ごめん、笑いのツボに嵌まった」 「ホッとしたよ。涙を流して笑う理由が、笑える顔を目撃したせいってのじゃなくて」 「違う」 「慌てるな。冗談だよ」 俺の目尻に触れて スッと 横に動いた岩田の指を 追うように 目尻を拭った 梶川がしてくれるように ゆっくりと 頬を撫でながら 涙を拭った
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