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おーかえりなさーい
品川駅でJR線から京急線への連絡改札を通過すると、運よく目の前に快特電車が停車していた。早く帰る用事もないし、きっと息子も妻もこの時間だと寝てしまっているはずなのに、思わず駆け込んだ。明日は休みだからと気が緩んだせいか、残業をしすぎた。仕事が好きなわけではないけれど、やりかけの仕事を残したまま週末を迎えるのも気が引ける。新卒で入社した当時ほど仕事に対するモチベーションは高くはないが、反対に会社や上司に過度な理想を求めることはしなくなった。僕の周りにいるサラリーマンも、それぞれ会社との周りとの距離を見極めて、この時間まで働いているか、もしくは同僚と酒を飲んだ帰りなのか。
発車のベルが鳴る。
「まもなく、快特、京急久里浜行きが発車します」
アナウンスが発車のベルに重なる。JRからの連絡改札から電車に乗る人々が走ってくる。子供の運動会に来ている父親の中で徒競走のときに転倒する人はたまに見かけるが、電車に駆け込む人で転ぶ人はほとんどいない。急いではいるものの、みんなどこかで次がある、と思っているんだろう。
ドアが閉まる間際に乗り込んできた人の数人分車内に押し込まれた。近くにつかめる吊革がなかったのでその上にある鉄の棒を握った。数回扉が閉まる途中で開くという動作を繰り返し、発車した。
京急蒲田で近くの吊革が空き、文庫本を開いた。多摩川をわたって電車が京急川崎駅に滑り込む。ホームを見ると品川駅ほどではないが駅には人が立っていた。電車を降りる人の流れにのらないように文庫本を閉じて両手で吊革を握った。発車のアナウンスとベルが鳴る。目の前で居眠りをしていた人が目を覚ました。停車している駅を確認すると、車内に乗り込んでくる人をかき分けて電車を降りていった。僕は前に向き直り、目の前にある空席を見た。迷ったがなんとか誘惑に勝ち、隣に立っていた人が座るまでこらえることができた。
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