シガーウルフ

2/20
35人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
   ~scene 1~  ベッドサイドの灯りだけを頼りに、俺はいつものサクソニーブルーのシャツに袖を通した。 「……もういくの?」  小さく、まだ余韻の抜けきらない甘い声がほの暗い部屋に漂う。 「仕事が残ってる。起こすつもりはなかった」  ブラックのスーツジャケットに身を包めば準備は完了。  俺はこれから、修羅の場に赴かねばならない。 「煙草の匂いがしたから……目が覚めたわ」  そう指摘され、俺は自分の咥え煙草から立ち昇る青い煙を見やった。  コレは俺を冷静へと導く標。  時として猛る感情を押し殺す為に必要不可欠なモノで、片時も手離せない。  そのせいか、巷で囁かれる俺の異名は『シガーウルフ』。    「私、今夜はここに泊まっていくわ。明日は仕事オフだし、チェックアウトまで思い切り寝てやるの」 「それがいい。お前もたまにはゆっくり休め」  同じ女と二度は寝ない。  そういう主義である俺が、この理賀子とはもう……47回同じ夜を過ごしている。  理賀子の方も、何を好き好んで俺のような10も歳の離れた、しかも未来など約束できない男と逢うのか、自分でもわからないと言っていつも笑うのだ。  俺の素性を知っている数少ない生きた女……、とだけ今は言っておこう。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!