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すれ違い←→アプリチオ
「千里…他でもないお前だからこそ話しておきたいことがある」
早戸千里が幼馴染の同級生に呼び出され、人気のない美術室に訪れたのはもう茜色の夕陽が窓越しに教室の中の石膏像を染め上げる最終下校も間近の時間であった。それはまさに目を焼くという表現がにつかわしいほどまぶしく見事な夕焼けで、きっと在原業平も竜田川がこんな風に赤く染まってるのをみて短歌を詠んだのだろう、などと千里は古典の授業に感化されたのかそんなとりとめのないことを妄想していた。きっと相談事を持ち掛けられてもそんな想像をしてしまうのは、その夕焼けがあまりにも美しかったからか、相談が心底どうでもよかったかのどちらかであろう。
だが、目の前の幼馴染…小石春人は真剣そのものの顔つきをしていた。昔から面白い事を言うくせに無表情だったため、その昔から変わらない真剣な顔つきに千里はどこか懐かしさや安心感すら覚えていた。
「な、何よ改まって…今更そんな気を遣う間柄じゃないでしょ」
「そうだな。俺とお前は幼稚園の頃からの幼馴染。気兼ねする必要もないほど仲も良好だ。だからこそ、言いたいんだ。千里」
「もったいぶらないで早く言ったら?早くしないと先生が見回りに来るよ」
「そ、それもそうだな。…じゃあ、言わせてもらおう」
堅い言葉を話しながら咳ばらいをする春人。そして意を決したように強く息を吐くと、椅子を引いて千里の目をまっすぐ見据えた。
「千里、俺はどうやら大切なものを失くしてしまったようだ」
しばしの静寂の後、春人にまじまじと見つめられる千里はため息まじりに口を開く。
「…はぁ?もしかして落とし物した事を言いにわざわざ私を呼び出したの?あんたいくつよ」
「16だ」
「知ってるし。私と同じだし。私が言いたいのはそういう事じゃないし」
春人は真面目すぎるのだ。ツッコミどころが多いのも人気の秘訣ではあるが、こう会話をしているとそのかみ合わなさにもどかしさを感じる事も多々ある。そこで千里はいつも脱線しそうになった話を元に戻す修復作業に手を焼く事となっているのだ。
「それで?何を失くしたの?言ってみなさいよ探すの手伝ってあげるから」
「すまんな。そうさな…何と言えばいいか…」
そしてしばし考えた後、春人は千里の思考を停止させかける衝撃の言葉を口にした。
「強いていうなら、彼女…だろうか」
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