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ところが戸外へ出てみると強風が往来を貫き、街全体が唸りを上げているようだった。これでは列車が正常に運行していないのではないかという不安が頭をもたげる。
集合は戸塚となっていたが、駅へ到着してみると、果たして目的地へ?がる路線は強風のために運転を見合わせていた。ひな乃にその旨を連絡して復旧を待つのは容易い。だがそれでは僕が満足しなかった。なぜだか彼女は今日の約束を大切にしているようだったし、どうしても僕は集合時間より早く着いて彼女を出迎えたかったのである。
それでタクシーを利用するほかないという結論を得たが、なるたけ出費は抑えたかった。ただほかに策も思いつかないから、已むを得ずロータリーへ向かおうとすると、遠くから名を呼ばれたように感じた。
その声の主は、陽気に片手を挙げながらこちらへやって来る。浜井さんだった。
「やあ君、お久しぶりじゃないですか。憶えているかな、浜井です。なんだか途方に暮れているようでしたが、どうしましたか」
「どうもお久しぶりです。電車が強風のために動いてなくて困っているところです」
「ほう、どちらに行かれるんですか」
「ちょっと戸塚までなんですけどね」
「それなら私が送ってゆきましょうか。恰度車で来てるんですよ」
思いがけない提案に、僕は感動すら覚えて礼を云った。ロータリーに停められていた彼のワゴン車に乗り込むと、正確な目的地を告げる。間もなく強風と陽光に晒された横浜の街を自動車は走り出した。
「それにしても、どうして駅なんかに出かけられたんですか」
「娘を駅まで送っていったんです。あの娘は地下鉄を使うと云っていたから、まあ問題はないと思いますが」
「と云うと、娘さんとはうまくいってるんですね」
「ええ、お蔭様で。あれから娘の趣味をいろいろと探ってみたんです。それでやけに音楽に凝っているのが判って、試みにCDを一枚買ってみました。するとずいぶんとそれが気に入ったらしくて、そのアーティストのことをあれこれと訊ねてくるんです。そうするうちに関係も修復されましてね」
「そうでしたか、それはよかった。ちなみに何というアーティストでしたか」
「しっかりと憶えてないんですが、ふざけたような名前でしたね。路上ライヴをしていたのがたまたま眼に入って、なんだか気に入ってしまったんです」
「秋谷アキラ、ではないですか」
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