冷たい街の温もり

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困難している者を救うと互いに気分が好くなるのだったら、自らがそれを演じて、他人に助けてもらえばよいのである。そうすることで相手は自身の善行と僕の謝礼によって懊悩を軽くし、さらにその事実が僕に幸福をもたらすのである。 だからまずは男の話を聞き出さねばならない。胸中を語ることで鬱憤も晴らされるであろうし、それで解決策を見出すことができれば彼はきっと満足な人生を手に入れることになる。 店内に入ると窓際の席に案内され、間もなく水が運ばれてくる。男はまずそれをひと口含んでから、注文を吟味しはじめた。それで彼はミネストローネを、僕は本日三杯目のコーヒーを頼むことになった。 「どうもずいぶんと突然になってしまいましたが、お付き合いいただきどうもありがとうございます」 そう云って僕は自らの身分を説明した。 男は浜井洋輔と名乗った。齡は間もなく四十八を迎えるらしく、中学三年生になる娘があると云う。風采は若々しく、往年は色事にも不自由しなかったろうと思われたが、その表情にはどこか草臥れた容子がうかがわれた。 「それで、どのようなことでお悩みなんでしょう」 そう訊ねたところで、恰度コーヒーが運ばれてきた。男はウェイトレスが去るのを待つように、黙然とグラスの内の水面に視線を落としている。そうして僕がコーヒーをひと口飲むのを見届けると、穏やかな語調で口を開いた。 「なんだか、こうして若い方に悩みを相談するのも恥ずかしいものですね。先ほど中学生の娘がいると云いましたが、その娘とうまくいかないんです」 「うまくいかないと云うと?」 「どうもその、相手にされないというか、いや、関わるのを避けられているように感じるんです」 「そう、それはつらいですね。何か悪口を云われたりするようなことないのですか」 「それはありませんね。しかしね、気持ち悪いとか汚いとか罵ってくれたほうが、こちらとしても対処のしようがあるからありがたいかもしれません。無言で避けられてしまうと、あの娘が何を考えているのか判らない」 「そうですね、きっとそういう年頃なのでしょう」 「私もそう考えて諦めようとは思ったんです。けど職場の同期なんかに訊くと、意外と娘とうまくやってるところも多い。この違いは何なんでしょう」 「浜井さんは、これまで娘さんにどう接してこられたのですか」
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