冷たい街の温もり

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ひな乃はずっとそれを切り出す機会を窺っていたらしかった。 「ああ、あれはちょっとしたボランティアというか」 「ボランティア?」 「いや、ちょっと違うな。誰かを助けると、もちろん助けられた人は喜ぶけど、こちらもなんだか好い気分になるでしょう」 「うん、そうかもしれません」 「つまり、人を助けるっていう行為は自らにも幸せをもたらすんです。だから、僕が演技をして助けを求めることで、それに応じてくれた相手はきっと幸せな気分を味わえる」 「なるほど。けど、それってあなたは何か得をするんですか」 「少しはね。僕も好い気分になりますから。けど基本的には相手を思ってのことですから、それでさっきはボランティアと表現してみたんです。誰かに幸せを与えること、それが僕の生きる意味だとさえ思ってます」 「優しいひとなんですね」 そう云って、彼女は春めいた微笑を見せた。 それから僕たちは二時間ほど談笑を楽しんだけれども、彼女のほうに予定があると云うので、今度キャンパスで会う約束を交わしてから解散した。絵美以外の女性とじっくり話をするのは実に久しぶりのことだった。 横浜駅へ吸い込まれてゆく後ろ姿を見送ってから、僕はまた例の活動を行なった。今度の相手は二十歳を過ぎたばかりの男であったが、物腰はひどく穏やかで、好感が持てた。意外にもミュージシャンを志しているらしく、秋谷アキラという芸名まで決まっていると云う。 「音楽がほんとに好きなんです。だから自分の音楽というものをみんなに伝えたい。けど、いまは路上ライヴをしても有名曲のカヴァーを歌うばかりで、なかなかオリジナルを披露する勇気がないんです」 「それならぜひ、あなたの歌声を聞かせてもらえませんか」 僕がそう提案すると、今夜も路上ライヴをするから見てほしいと秋谷アキラは云った。 午後八時ごろ、生ぬるい暗晦に包まれた西口前に、彼の独唱が人混みの間隙を縫うようにして優しく広がっていった。春宵に融けてゆくような彼の歌声は、思わずこちらが酔わされてしまうような心地よさがあり、これならばオリジナル曲を披露しても好いのではないかと思われた。 ライヴが終了したのちに、そのことを正直に伝えると、彼は無邪気な少年のように相好を崩して礼を云った。 「今度やるときは、オリジナル曲を歌ってみます」
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