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「手間取らせちゃってゴメンね~」
そう言いながら報告書に印を押すと、彼はすかさずそれを私の手に戻す。
「はい、これでヨシ。じゃあ、僕行くね。碧先生も行ける?また一人、運ばれてきちゃってさ」
「ハイ」
慌ただしく踵を返すと、センター長は嵐のように去って行った。
「さてと」
そう言ってコーヒーを飲み干すと、海もセンター長に続く。
いつもなら何も言わずに見送るところだが、今回は、そうも言ってられない事情があった。
「・・・ねぇ、さっきのは、上に報告しておくべき?」
彼の背中に向けて問うと、その場に沈黙が降りる。
「・・・一応、精神科の方には連絡しておきました。これ以上何かあったら、その時はお願いします」
「了解」
振り向き、溜め息混じりに答える海につられてか、私の口からも溜め息が出た。
「っていうか、あれだけ協力した挙げ句、これ以上何かあったら困るんだけど」
私が眉間に皺を寄せて言うと、彼は苦笑いで返す。
「ご協力感謝してますよ。じゃあ、これはそのお礼 ということで」
そう言って、彼が白衣のポケットから取り出したのは、いつぞやも貰ったアメだった。
「また、居酒屋前で貰ったの?」
「ええ。もう三日も前のことなので、とけてるかもしれませんけど」
「・・・いちいち、一言多いのよ」
呆れたように口元をひきつらせると、頭上に、彼の掌が降ってくる。
「それじゃあ 行ってきます。お仕事、頑張って下さいね」
「そっちもね」
やれやれ、と肩を竦めて 彼の背中を見送った。それに続いて、私も医局を出る。
救命センターから出る瞬間、背中に敵意を感じたのは 気のせいだろうか?
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