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「海外って好き?」
ある日の夕暮れ、デートを終えて僕の家に遊びに来た海が聞いた。僕はお世辞にも金持ちとは言えない。介護士の薄給生活であり、今勉強しているのはその給与を少しマシに出来る介護福祉士の勉強だ。だから、海外が好きか、というか彼女と行きたいかと聞かれれば楽しみもあるが不定休の弱みや金銭の悩みからなかなか良い返事が出てこない。結局僕はお茶を濁す様に
「日本語しか話せないからなぁ。国内にも面白いところはまだまだありそうだしね」
などと答えた。
「そぅ……」
その時、僕はそう顔を曇らせた彼女の意図をもっと話し合うべきだったのかもしれない。
帰り道、入場券を買って海を駅のホームまで見送るのはいつもの習慣だ。手袋を忘れたという彼女は僕の羽織っているコートのポケットに手を入れて電車を待つ。心も体もぐっと近づいたその距離が嬉しくもあり、くすぐったくもあった。
「もうすぐお別れだね」
珍しく海がそんなことを言う。悲しげな表情にドキリとしながら、僕は彼女に微笑みかけた。
「またすぐ会えるよ」
「ぅん......」
待っていた電車が駅を通り過ぎる。が、彼女はまだ僕の腕の中にいた。
「海?次はどこに行こうか?」
照れ臭くなり、そう答えた僕に、彼女は笑って答えた。
「私たちの出会った場所」
「それ、いつもの水族館じゃん」
僕たちは笑い合い、そして、2台目の迎えの電車が到着した。
「さよなら信二さん」
「うん、また今度」
そうして、彼女との連絡は途絶えてしまった。
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