第三章

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 あわただしかったのは初めのバスに乗る瞬間だけで、その後の電車への乗り継ぎはとてもスムーズだった。バスで二駅、電車で五駅、徒歩の時間も合わせれば片道一時間近くかかる距離におばあちゃんの家はある。  税理士事務所は街の中央に位置しており、おばあちゃんの家に近付けば近付くほど人気からも遠ざかっていく。最後の駅まであと一駅というところで外を見ると、ビルやマンションに取って代わって木や電信柱が立っているのが目立ってきた。渡瀬くんは相変わらずゲームを片手間に操作しながら今日の十億円捜索に役立つ情報がないのかと、私からおばあちゃんの話を聞いている。 「私のおばあちゃんはね。色々なクリエイティブな事が好きで、本当に死ぬ前まで絵を描いていたり小説を書いていたりしたの。自費出版で本も出してたのよ? 書道もしていたなんてのは、今日初めて知ったけど」  ほとんど空席の電車。二人並んで座席に座り、私は床に届かない足をぶらつかせながら話す。足の長い渡瀬くんは投げ出すように足を伸ばして座っている。身内の自慢は自身の自慢のように誇らしいものだとは言うけど、この誇らしい気持ちはやはり身内とは言え親しい気持ちがあった証拠――そう思うと逆に寂しい思いも込み上げてくる。 「という事は、やっぱり芸術関係の知人が多かったんだな」 「そうだね。お葬式でもいろんな人が来てくれて私も嬉しかったの。私が受付してたら絵画の何かよく分からない組合の人とか、お世話になったとかいう出版業界の人とか……。おばあちゃんはこんな世界で生きてたんだなーって」  このまま話をしていると涙が溢れてきそうで、車窓から遠くを見つめて誤魔化す。遠い世界で生きていたようなおばあちゃんが、本当に遠い世界に逝ってしまった――。住む世界は違っていたかもしれないけれど、たまには顔は合わせられた。会うのは年に二、三回だったとしても何かと話はできたし聞かせてくれた――。そんなおばあちゃんは本当にもうこの世界からいなくなってしまったんだ。
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