プロローグ

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「あれ? 寝落ちしてたか。また嫌な夢を見たな」  ゲームコントローラーを手にしたままほんの数秒レム睡眠に落ちていた青年は自分に言い聞かせるようにそうつぶやく。リクライニングソファーを想起させるほどゆったりとしたデスクチェアに座ったまま、青年は目を擦って背伸びをした。遮光カーテンが閉められ光も入ってこないような部屋で青年は時間を確認するためにちらりとパソコン内の時計に目を向ける。ミリ秒まで表記されたデジタルの時計は午前八時を表示していた。ほぼ徹夜でゲームをしていたのか昼夜逆転していたのか――つい寝落ちをしてしまうのだから前者なのであろう。 「――ワタル。ちょっといいかい?」  六畳の部屋の扉をノックもせずに入る女性。男口調、ハスキーボイスで心なしか威圧的にも聞こえる。彼女はスラックスにブラウスというキャリアウーマンとでも言った風体。電気もつけられずにカーテンも閉まった真っ暗な部屋に足を踏み入れるには、いささか場違いな感が否めない。一方、部屋の中には何日か頭を洗っていないかのようなベタついた髪に無精髭が特徴的な青年がデスクチェアに腰掛けたままパソコンに向かっている。この二人を見ても何かしらのつながりがあるとは到底思えない。それほどまでに対局的な二人だった。 「嫌だよ姉さん面倒くさい」 「まだ何も言ってないじゃないか」  姉さん――その言葉が表す通り、身なりが正反対とは言えこの二人の繋がりというのは血の繋がり。つまりは姉弟の関係。顔も向けずにぶっきらぼうに、弟の渉は早々に姉からの話を突っぱねる。それに対して溜め息を吐きながらも物理的に歩み寄り、デスクチェアを引っ張る姉の法子は些か不機嫌そうだ。 「渉、ちょっと父さんからタダ働きの仕事を頼まれたんだけど――。もちろん手伝うだろ?」 「ちょっと待って。今ゲーム配信中だから保留通知流す」  少し慌てたようにパソコンに手を伸ばして、指先を器用に動かす渉。真剣にパソコンを触っていたけれど、何をしていたかと言うとただのゲームようだ。三つのデスクトップパソコンに九つのディスプレイ。九つのうち七つには別々のゲーム画面が、残りの二つは流れるようにプログラミング言語が動くものと、動画配信をしているであろうウェブサイトが映し出されていた。ゲーム画面の一つはエンドロールが流れている為、先ほどクリアしたばかりだと分かる。
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