其の壱

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やっと一段落ついた書類から手を放し、自分の肩を揉む。おう、中々に固い。 首を回すとごりごりと嫌な音をたてる。障子を開けて空を見ると既に空は月が輝いていた。夕刻から始めた作業は集中しすぎてこんなに時間が経っていることに気が付かなかった。隊士共はもうすっかり寝ている頃だろう。 文机の隅に置いて墨を乾かしておいた御偉い方への書簡を丁寧に折りたたみ、畳にどかっと寝転がり、軽く目を閉じる。 開けておいた障子の隙間から穏やかな風が入ってくる。このまま眠りにつきたいところだが、まだ少し今日中に終わらせておきたい書類が幾つかある。 がばりと体を勢いよく起こし眠気を吹き飛ばす。さぁそろそろ肌寒くなってきたころだと思い障子を閉じようと手を伸ばす。 すると屯所の傍に不審な動きをした黒い影が視界の端に映る。 ___敵か 音を立てないように立ち上がり、草履を履き柄に右手を添える。 その影のもとにざっと踊り出て刀を少し抜き身にしていつでも抜刀出来るよう準備する。 「てめぇ、何者だ」 影は思ったよりも小さく、よく見るとあどけない顔をしている。 成長しきれていない青年、という表現が一番よく似合うような生意気な顔をした青二才だ。 「自分は」 青年の後ろに丁度月光が降り注ぎ、少し伏せ気味な顔は暗くてよく見えない。 雰囲気だけは異質で、光も相まってかとても半端物の青年が纏えるものではないと思ってしまう。 「自分は新入隊士に応募したもので御座います」 「あぁ?」 「今日、でしたよね?定時に着く予定だったのですが途中輩に絡まれてしまいまして…このような夜分に訪ねてしまうのもご迷惑をお掛けすると思い、明日改めて、と思ったのですが」 「…」 「何分、遠方から来てお金が尽きてしまいまして」 青年は眉を下げ非常に申し訳なさそうな顔をする。 「あの、今からでも応募、間に合いますか…ね…?」 何時もの俺ならここで突っぱねる筈…なのだが、伺う様な目線を俺に送り目が合った途端、不思議と自然に、俺の口から言葉が漏れた。 「…いいだろう。今日は俺の部屋に泊めてやる。が、てめぇの手足を縛って布団に転がす。それでもいいならな」 「あ、有り難う御座います!」 青年が顔を上げて俺を見る。 「それで、てめぇの名前は」 「自分は政木と申します。」 「…俺は土方歳三だ。」 この夜の月はやけに美しかった。
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