海が待っている

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 「はい、はい、はい。……分かりました。すぐ伺います」  受話器を置いた私は、ふうとため息を吐いた。それから、ヨレヨレのトートバッグに、夫の着替えを詰めていく。  54歳でガンが見つかり、闘病生活の末、宣告された余命より半年も長く生きた夫。その急変を知らせる電話だった。  葬儀屋には、いつ連絡するべきだろうか。  遺産相続はどうしたらいいのだろう。    そんなことを考えながら、身体はいつもどおり、淡々と作業をこなしていく。  淡いピンク色のワンピースに着替え、薄く化粧を施し、バレッタで髪を留める。  ブランド物のショルダーバッグに、財布、携帯、ハンカチ、ポケットティッシュを入れて、いつものタクシー会社に連絡する。 「道が混み合っているため20分程かかりますが、よろしいですか?」と案内があった。私は了承し、電話を切った。    いつものように洋服ダンスの上の小物入れに手をかける。  傷だらけの古い携帯電話を取り出して、暫し胸に抱いた。  やっとこの日が来た。  メールの新規作成を開く。  件名に『今日すること』と入れた私は、空欄の本文を見つめた。      
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