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門限を過ぎれば、また父の唾が私の顔に飛ぶ。なんせお互い言語でやり取りするわけではないので、コミュニケーション時の距離が非常に近いのだ。それは叱られるよりも何倍も嫌なことだった。
「こんにちは」
忽然と私の前に一匹のミミズが姿を現した。喋る代わりにくねくねと首の辺りを動かしている。
急に話しかけられ、私は一瞬躊躇した。
彼の姿が非常にボロボロだったからだ。土という土、石という石が身体に纏わりついている。あまり水浴びをしていないのだろう、桃色の皮膚は土の色で覆われまくっていた。
「……どうも」
こんなミミズに話しかけられても困る。
「ああ、すみません。ちょっと土路に迷ってしまって……」
「あら、そうなんですね」
「ツチノコステーションはどちらの方角ですか」
「ああ、それでしたら……」
超音波で南の方向を指し示した。
「ありがとうございます」
なぜそんなに煤けているのか。滅多に目にしない類の彼の容貌が気になった。
「あの、なんでそんなに汚れてるんですか?水浴びしないのですか」
「ああ、僕は旅ミミズですから」
「旅、ミミズ……」
あまり聞かない言葉だった。
「旅ミミズって、どんな?」
「一ヶ所に留まらないミミズのことです。世界中の土は繋がっているのです。私の寿命が尽きるまで、地球は一つですから、何処へでも行けるのです」
「え、帰らないのですか、家に」
「私には妻がいますが、土は繋がっているので帰ろうと思えば帰れると思います。帰れなければ、同胞が超音波で知らせるでしょう」
「っていっても、安全なんですか、色々なところで土が掘り起こされて……」
「この土のどこにも安全地帯はありませんからね。それなら私は土中の土を探索し、私のミミズ生を悔いなきものにしたい。それだけです」
私は驚愕した。父も母も当たり前のように帰って来いと言うから帰らなければ行けないものだと考え、決めつけていたからだ。
私はその日、家に帰らなかった。
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