ゆっくりと深呼吸をして

突然降ってきた雨から逃れるように急いで扉を開けると、ふわりと煙草の匂いが漂ってきた。

でも本来ならその匂いと共に私を迎えてくれるはずの彼の優しい声は、いつまで待っても聞こえてこない。

「ぅ、あぁ…」

もちろんわかってはいたのだ。

それでもどうしようもなく悲しくて、やっぱり今日も泣いてしまう。

涙は途切れることなく溢れてきて、その分だけ私を深く暗い悲哀の海に沈めていく。

彼が１ヵ月前に交通事故で亡くなってから、私は毎日彼の家を訪ねていた。

もしかしたら彼は死んでなんかなくて、今日家に行ってみたら何事もなかったかのように微笑みながら煙草を咥えているのではないか。

そんな馬鹿みたいな期待がどうしても拭えなくて私は昨日も、今日も、きっと明日も、ここへ来る。

そして、彼はもういないという揺るぎない事実を突き付けられてひとしきり泣いてから、自宅に戻るのだ。