0人が本棚に入れています
本棚に追加
ずいぶん時間が経って、ようやく私は泣き止んだ。
「はぁ…」
小さくため息をつく。
涙を流すのがこんなに疲れるなんて、1ヵ月前までは知りもしなかった。
私は立ち上がって、彼が1人で住んでいた狭い部屋を見渡す。
彼が生きていたころは少しは片付けてよ、と小言ばかり並べていた散らかったリビングも、体に悪いから止めてほしかった煙草の匂いも、何もかもが愛おしく感じる。
ほんの少し前までは10分程も自転車を走らせてここに来ればいつでも会えたのに、もうどれだけ強く望んでもあの人に会うことは叶わないのだ。
また目頭が熱くなってきたが、今泣いたら多分立ち直れなくなってしまう。
何となくそんな気がして、とりあえず落ち着こうと深呼吸をしてみる。
私の中にある空気を全部吐き出して、彼の部屋の空気を体に取り入れる。
私が経験してきたこと、これまで感じたことも全て呼気に乗せて吐き出す。
そしてその逆も。
そんなことを何度も繰り返しているうちに、なんだか彼と同化しているみたいな気持ちになってくる。
中学のころからもう10年以上も付き合っていたのに彼とは一度も体を重ねたことがなかったが、だからこそ、だろうか。私にはその感覚がとても心地良く感じられた。
明日からは、もう泣かない。
涙を流す代わりに毎日この部屋でゆっくりと深呼吸をして、その余韻に浸りながら家に帰るのだ。
…この悲しみは、一生忘れられないだろう。
それでも彼は毎日泣いている私の姿を見たらきっと私よりも悲しむから。
彼はいつも、私が笑うのを見て綺麗だ、と言ってくれていた。
「…じゃあ、そろそろ帰るね。明日も来るよ」
かなり無理をして、小さく笑顔を形作る。
外に出ると、雨はもう上がって大きな虹がかかっていた。
最初のコメントを投稿しよう!