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01.
砦跡の一階。正面玄関から最も近くの、かつて実務室として使用されていた一室は、今は応接室に改装されている。
キキさんが来てから一度も使われていなかったその部屋に、今、豪快な笑い声が響いていた。
ソファの上座に座るのは、人間ならば四十代も半ばを過ぎた程に見える男性で、砦跡に着いた時に羽織っていたフードが付いた灰色のローブは脱ぎ、タンクトップに薄いズボンというラフな格好をしている。
衣服は旅塵に塗れ、雑に切り揃えられた髪はボサボサだが、大きな骨格にムダのないしなやかな筋肉を誇り、ソファの後ろには使い込まれた長剣が立てかけられていた。その立ち居振る舞いから、かなりの使い手であることを、冒険者としてならした眼で、キキさんは見て取った。
胸には、ハクと同じ氷の塊のような核が露出しており、氷結晶を繋いだ細いワイヤーの首飾りをしている。
キキさんが来てからこれまで使う機会のなかった応接室ではあるが、その仕事に隙は無い。いつ客が来ても良いように調度は整えられている。
来客用に用意された保存の効く黒ゴマ入りの乾パンとジャム、食料庫から持って来たチーズとサラダの軽食を、手早く作って差し出すと、客、ゲーエルーは目を丸くし、そして笑った。
「いや、驚いた。ここで、まさかこんな歓待を受ける日が来るとは思っていなかった」
「さようでございますか」
「今まで、嬢ちゃんのもてなしといえば、部屋は散らかっているし料理は下手と、まぁ心こそ込めてくれたが、それ以外はひどいものだったからなぁ」
言葉は荒いが、口調に不満げな響きはない。むしろハクへの親愛の情が感じられる。
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