6月・さわんな!

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「留衣!」 母は凄く慌てた様で俺に駆け寄ってきた 「っ!!……っくっさ!!何?!」 俺に近付くと吐いた台詞がこれだ。 「何があったの?!ケガは?!頭は?!大丈夫なの?!どうしたの?!」 人の話すタイミングなどお構い無しにたたみかけてくる。 「あの、おかぁ──」 「芽衣さ……」 「母、あ、の……」 「なんで湿布臭いの、あんた?!」 担任の声も、麻琴の声も、俺の声すら無視して声を発し続ける母の後ろから 「芽衣、落ち着け。まずは先生に聞くのが一番だろ?」 恐らく『キノサキ』だ。 落ち着いた大人の男、切れ長の涼しい目をして、母の両肩を背中の方から支えて立っていた。 「ん?……ああ、そうね、うん」 母はその言葉通り、少し深呼吸をして改めて担任に向かった。 『キノサキ』はするりと母の肩から手を離し、俺を見て口元を僅かに上げた。 母は担任と小さく礼を交わした後、簡単な説明を聞く。 「ごめんなさい、芽衣さん。私が落ちたから、留衣と公平がケガしちゃって……」 「そんなの、見たところ大したことないみたいだし、麻琴ちゃんは大丈夫?」 「うん、でも、ごめんなさい」 しきりに謝り続ける麻琴に、母は俺の事などそっちのけで気にかけているようで「公平くんも、大丈夫?平気?」と、そう言って公平の事も気にかけながらだけど、母は俺の腕を握りしめ続けていたから、俺はそこから伝わる震えに〈母はどんだけ心配してくれてるんだ〉と少し嬉しく、安堵した。 それから担任と挨拶を交わす間も母は俺から離れず腕を掴んだまま。 「さあ、帰るわよ。麻琴ちゃん、送っていくわ」 「芽衣さん、俺も」 「公平くんはちゃんとお母さんと帰りなさいね、今日はゆっくりお家で休んで、ね?」 そう言って入ってきた扉に向かい出す。 「城崎さん、よろしく」 「解ってるよ、芽衣(・・)の事だ……運転できるの俺だけだし、そのつもりですよ」 当然のように声をかける母に、とても砕けた様子でわざとらしく息を吐き、爽やかに笑顔を張り付け『キノサキ』は母の前を歩き始めた。
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