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俺は近寄れなかった。
母の声に公平が顔をあげ、母はその目を真っ直ぐに見て
「あのね、公平くんの気持ちはとても嬉しい……ホントだよ。でも、私、誰も好きになれないんだ」
母は柔らかい、哀しげな声でそう伝える。
「だから、ごめんね」
静かだった。
声を殺して、顔を伏せる公平を母は包み込むように抱き締めて『ごめん』と繰り返した。
『誰も好きになれない』どういう意味なのか問うこともなく、公平は暫く母の中で震えていた。
この時、俺は身動き出来ず、何も言えず眺めていた。
仕方ないだろ、公平は親友なんだ……今だけ、貸してやってもいい。
何故か、俺まで涙が零れそうで、城崎が近くに立っている事にすら気付かずにいた。
「落ち着いたか?浸っている所、悪いんだが、レストランの予約時間に間に合うのか?会場に行く前に食事するんだろ?4時だったよな?」
城崎は無遠慮に冷めた態度で空気をぶち壊した。
はっ!として母は公平から離れ、俺は隣に立つ城崎に声も出せないほどビックリした。
「そうだ!だから昼ご飯抜いてるんだ!公平くん、ごめん!留衣、準備、準備!」
母は一気に通常運転に戻り、俺は目を擦って零れたモノを隠し、バタつく母に続いた。
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