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新人研修が終った4月の終わり、俺は、有栖川課長のいる営業部企画2課に、正式に配属された。
同期からは、美人で有能な有栖川課長の下で働けるなんて、なんてラッキーなんだとか言われたけど、今の俺は、全然、ラッキーだなんて、思えない。
他の優しい上司の下で働いてるやつらは、現実を知らないから、言えるんだ。仕事は、そんなに甘いもんじゃないだぞ。
見た目は、優しそうだけど、現場での彼女は、俺に言わせりゃ、鬼だね…。
「梶尾!この書類何ヵ所間違ってんの!やり直し!夕方までに、出来なかったら、サービス残業にするからね!」
ほら、今だって、出した書類にダメ出しだよ。
毎日、こんな調子なのに、どこをどう捏ね繰り回したら、俺を彼氏にという考えが、彼女の頭に浮かぶのさ?
未熟者のひよっ子社員のどこがよくて、彼氏にしようなんて思うわけ?
首を捻りながら、考えるが、やっぱり答えなんてでるわけない。頭が、更に混乱するだけだ。
俺は、諦めて、目の前の書類をやっつけることにした。
「…課長、やり直してきました。チェックお願いできますか。」
ダメ出し喰らった書類を、やり直して、そいつを怖々、差し出した。
課長は、俺の気持ちなんて関係なく、書類を手に取ると、黙々と目を通す。静寂が、二人の周りだけを包んでる。
たまに、カチャカチャ小さな音が響くのは、電卓を打つ音だ。書類の計算が間違ってないかの確認のためだ。
書類とディスプレイの画面を交互に見てるのは、汗水垂らして集めた今回の仕事のデータとの照合だろうな。
どんな風に言われるかドキドキしながら、そっと覗き込むと、デスクの席から俺を見上げてる彼女が、ふわっと微笑んだ。
「梶尾。書類は、OKだよ。いい仕事しなきゃって逸る気持ち、わからないわけじゃないけど、慌てない方がいい。間違いの元だから。」
当たり前のことを言われただけなのに、これは、仕事の上での注意なのに、なんだか嬉しくて、俺も微笑んでいたんだ。
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