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「梶尾、仕事終ったかぁ?」
「ああ、終った。」
「それなら、飲みに行こうぜ!」
誘ってくれたのは、同期で、学生時代からの腐れ縁、佐野光希。
佐野は、肩を組むなり耳元で囁いた。
「なあ、梶尾。今日も、課長に、ダメ出しされてたな。ククク…。いい加減、怒られないようにしろよ、俺みたく。」
「好きで、怒られてんじゃないよ。」
「またまた。どう見ても、あれは、怒られたくてしかたない、M男の姿だね。どこらか見たって、課長は、ドSだからな。」
そう言って、ひとしきり笑ってから、佐野は急に真顔をなった。
「…なあ、お前と課長、外でなんかあった?」
「何で、そんなこと聞くんだよ。何にもないよ。」
「本当か?…なんかさ、お前と外回りから帰ってきてからさ、課長の雰囲気が、いつもと違うんだよな。」
「あのさ、俺は、いつもみたいに、ダメ出し喰って怒られてんだし、それを見て、お前が喜んでんなら、いつもと同じだろ!」
頼むから、それ以上突っ込まないでくれ……。
意識して、心の外へ放り出して、見ないようにしていたのに…。
俺は、お前ほど、厚顔じゃないし、物事楽観的に考えるたちじゃねぇんだよ…。
そんなこと考えてたら…ほら、課長と目が合っちゃっただろう。
「梶尾…帰るのか?」
目が、なんとなく寂しげに見えたのは、錯覚かな…。
「はい。」
出来るだけ普段通りの顔で、答える。
「そうか…。気を付けて帰れよ、二人とも。」
俺は、『お疲れ様でした。』と、紋切りの挨拶をして、頭を下げた。
対称的に、佐野は、手を振りながら、楽しげに『課長、また、明日~ぁ。』なんて、言ってる。
いつもなら、それを羨ましいなんて感じないのに、今日は、なぜだか、そんな風に感じてしまったんだ。
…俺は、どうかしている。
どんどん、自分がわからなくなってきた。
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