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「今日は本当に楽しかったよー。ありがとう」
先にそう切り出したのは、彼だった。
「うん、あたしもすごく、楽しかった。こちらこそありがとう」
そう言って、笑ってみせる。なんとなく、お互いが別れを惜しんでいるような、そんな感覚を覚えた。そして…
「ねぇ、健人くん」
私はいつになく真面目に、そう切り出した。
「あたし、やっぱり健人くんが好きだよ。付き合いたいとかこれからどうしたいとかは、正直分からないんだけど」
それは素直な気持ちだった。たとえ想いが通じ合ったとして、私はまだ今住んでいる街を離れるつもりはなかった。そして、いつ同じ土地に移ってこられるのかも分からないまま、遠距離恋愛を続けられるような自信もない。それなのに、なぜそんなことを口にしたのかは、自分でもよく分からなかった。
「え…」
彼は、本当に驚いたように目を見開いていた。そして、あーと頭を掻きながら、少し困ったように口を開く。
「俺もね、あつこのこと好きなんだけどさー…、それが、人としてなのか、女の子としてなのか分からないんだよね。そもそも、女の子と久しぶりにこうやって接してるから、それでドキドキしてるだけかもしれなくて…」
なんて素直な人なんだろう。私は、こんな曖昧な返事をする彼に、なぜか感動してしまっていた。定まらない想いを口にするくらいなら、断ってくれた方が優しさだとは思う。逆に、いっそ両想いということにして、今日私を抱いてしまうこともできただろう。それもできずに、こんなに素直な言葉をくれる彼に、思わず笑みがこぼれた。
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