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「どうも、二年前、高校二年の夏前後の記憶から曖昧になっているらしい。それ以前ははっきりとしているようだが…」
『患者も疲れているので今はご家族だけで』と、伊瀬の病室を追い出されたその廊下で合流した宇野先生と鳥居保健医とともに、氷呂の病室へと移動する事となったが、和気藹々と会話が弾むはずもない。
「それって、記憶そーしつってやつか。実際に起こるもんなんだな」
コーヒーの缶の飲み口をがじがじと齧りながら宇野先生が首を傾げる。
「眠っている間に一度は脳の検査をして、その時は異常はないと言うことだったのだがな。後でまた、再検査をするのだろう」
「記憶って頭打っただけでそんなポンポン落ちるもんなの?」
「心因性の記憶障害というのもあるぞ」
「伊瀬がストレス?」
「…無い事はないだろ」
教師の癖に微妙に失礼な会話を交わす宇野と鳥居に反応も出来ず、ぼんやりとベッドの上に腰を降ろして何が起きたのか必死に思考を動かそうとするけれど、ばらばらととりとめの無い事ばかりが浮かんでしまい結局は何も考えることが出来なかった。
「木崎様、大丈夫っすか?」
「…はい」
心配そうに顔を覗き込む大路先輩に笑顔を浮かべようとするが、頬がひきつりうまく笑えず余計に心配そうな顔をさせてしまった。
「今言うのもなんなんですが、木崎様は夏休みどうするんですか?伊瀬があれですし、寮に帰ります?」
そうか。伊瀬の家に帰る選択肢しかなくてなんの疑問も持たなかったけれど、今の伊瀬には拒否をされてしまうかも知れないのか。
「…出来れば、私も一緒に帰りたいです。茜さんたちが許してくれるなら…一緒に過ごす事でもしかしたら思い出してくれるかも知れないですし…」
なにより、離れたくない。伊瀬にどう思われても、伊瀬のそばがいい。
「何を言ってるのよ!氷呂ちゃんはうちの子なんだから一緒に帰るわよ!」
「ひゃあああ!?むぐっ」
バーンッ!と勢いよく扉を開いて現れたた茜さんに力一杯抱き締められて、うっかり窒息死するところだった。
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