上ノ七

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上ノ七

 夜半、目覚めたよしのの傍に、先程まで名前で呼び合っていた恋人の姿はもう無かった。シーツは冷たく、ベッドから起き上がり暗い部屋を見回しても他に人が居たという形跡は何も無い。テーブルにある飲みかけのお茶のグラスも、自分が飲んだ一つだけだ。  けれど身体は確かに直と抱き合った記憶を持っている。  彼の手はひやりとして真冬に外から帰ってきた人のように冷たかった。びくりと身体を震わせると彼は気遣わしげに言った。 「よしの。……どうかした?」 「ううん。何でもないよ。平気。……ちょっと、緊張しただけだよ。久しぶりだから」  そう言うと彼は安心したように笑って抱きしめた。前に一度だけ彼とこうしてベッドで抱き合ったことがあった。彼の家で、たまたま家族が留守だった時だ。  その時も彼の肌はさらりとしていて、あまり汗をかいたりしない人なのかと思った。きっと今感じた冷たさもそれと同じだ。そう思っているうちすぐに気にならなくなった。 「今度は直接この部屋に来るよ」  そう言われた記憶があるけれど……本当に、会ったのだろうか。本当に抱き合って、そう言われたのだろうか。夢のようで現実味は無いのに、心はそわそわして落ち着かずなかなか寝付けなかった。
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