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「ごめん。ハンカチ」
「いいよ。それより家は近いの?」
「あ、うん」
「じゃあ、送ってくよ」
よいしょ、と彼はよしのの自転車を引き起こした。
「え、でも……露木の家は?」
「僕はまだもう少し先だけど、同じ方向だし、……っていうかさ」
もう一度よしのの前に屈んで、彼は言う。
「……時間は経ったけど……そんなこと気にする相手?僕は」
その見つめる眼にどきりとしてよしのが俯くと、彼は顔を曇らせる。
「それとも今もう他に誰か……」
よしのが首を振ると、良かった、と彼は微笑んで手を差し出す。
言われるまでもなく、ずっと忘れられずもう一度会いたいと思っていた相手で、こんな時に偶然会えて嬉しいはずなのに、なぜだか心が浮かずためらいながら握った手は少し冷たく感じた。見上げた彼の母親によく似た顔はもともと色白だったが
「じゃ、行こうか」
今は向こう側が透けて見えそうなほど青白く見え、古い蛍光灯のせいだろうかと思った。
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