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上ノ三
給湯室のドアを開けると先客がおり、海棠はぶっきらぼうに声をかける。
「どうした」
「あ……お疲れ様です」
紅茶を前に肩を落としてため息をついていた眞里絵が億劫そうに振り返るのを見て、彼はカップにコーヒーを注ぎながら言う。
「疲れてんのはお前だろ。……また余計な世話焼いて何か背負いこんだか」
「……二課の新人の彼女、分かります?」
「ああ、……あれか。午前中に見た」
「さっき、トイレで会って、ちょっと話しただけなんですけど……さっきから肩とか重くって」
「山野にだいぶやられてるみたいだからな」
「しっ」
眞里絵は人差し指を唇に当てる。彼はコーヒーを一口飲んで置くと、どれ、と無造作に眞里絵の髪を掴み上げる。
「え……?」
驚いて振り返る眞里絵のうなじを露わにして右手を添えながら彼は言う。
「それじゃ仕事にならねえだろ。取ってやるから前向け」
「でも誰か来たら」
「いいから」
ためらいながら正面を向いた眞里絵の襟足から頸椎に沿うように彼の手のひらが置かれる。触れた肌を通して温かいものが流れるのが心地良く眼を閉じていると、数秒してその手は離れた。眼を開けると背負っていたものは消えていて、眞里絵はふうと息をつく。
「……すいません。ありがとうございます」
振り返ると、彼はさっきまで眞里絵に触れていた右の手のひらを、じっと訝しげに見つめている。
「どうかしたんですか?」
いや、と首を振ったものの、しばらく考えて彼は言った。
「お前、あいつにもう関わるな」
「……え?」
「萩原だ。あいつ……」
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