書店にて

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……10人程連続でお客さんの対応を終え、一息ついた所で、全身黒っぽい服を着たお客さんが来店なさった。 「いらっしゃいませ」 しっかりと声を出し、軽く頭をさげる。 声量だけは、バイト初日から褒められていた俺だ。少し大きいくらいのそれに、お客さんはチラリとこちらを見つつ店の奥へと歩を進めた。 それから20分くらい経った頃、先程文庫本2冊お買い上げになったお嬢さんがおどおどした様子でレジカウンターに近付いてきた。その時俺は、書店宛に届いた荷物の中から、店に出すものと、お客さんに取り寄せを頼まれたものとを分けて、確認する作業を行っていた。 もう1人レジにいたはずのパートさんは、ちょうどお客さんを歴史書のコーナーへと案内しに行った所で、俺は作業の手を止めお嬢さんに対応する。 「あっあの……これ……間違えて……」 普段、これだけの言葉ではピンと来なかったかもしれない。しかし今日は、彼女だけが俺に礼を言って店を出たので(他のお客さんは皆、待たされていた事に苛立ちと焦燥を覚えていたらしく、本を渡した後サッサと立ち去った方が多かった)、なんとなく覚えていた。それから、彼女が言いたい事の検討も。 「申し訳ございません、ウチでは返品は出来ないんです」 一旦そこで区切れば、分かりやすく顔色を悪くして、お嬢さんはカバーを外してカウンターに置いた文庫本の1冊を見下ろした。きっと絶望仕切った顔をしているに違い無い。彼女の買って行った本をはどちらとも文庫とは言え500円を超えていた。合計1000円以上……中学生には痛い出費だ。それも間違えて購入したとなるとショックは如何程か……同じ経験のある俺には容易く想像できてしまい、思わず同情してしまう。 まあ、だからと言う訳では無いが、 「で、ですよね……ごめ、ごめなさ」 「ああ! でもお客様、返品は出来ないのですが交換ならいたしております! こちらと何か別の本をレジまで持ってきていただければ、また対応させていただきます。どうされますか?」 案外あっさり踵を返そうとしたお嬢さんに慌ててそう声をかけると、分かりやすく表情を輝かせ、分かりましたと店内へ小走りで向かった。 きっと読書が好きなのだろう。 カウンターに置かれた交換したいらしい本のタイトルを見ながら、微笑ましい気分になった。 『夏目漱石全集・2』
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