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その傷害事件で、晶一がぶん殴った親方との示談交渉のために、間に入ってくれた親切な人がいたらしい。あとでわかったことだが、それはまさにそっちの筋の人で、気がついた時にはもう晶一はその人の忠実な片腕になっていた。
俺は大学進学を機に家を出て、店の倉庫用に借りていた部屋で暮らすようになった。
晶一のその後のことは知らない。
なんとか支部の支部長になったとか。偉い人と杯をかわして直参の身になったとか。若くして代紋預かるようになったとか。そんなこと知らない。そっちの世界のことは知りたくもない。と意固地になってはや数年だ。
晶一だって嫌な目に遭ってきただろう。小指こそまだ無事でいるものの、体のあちこちに大きな傷跡を持っているのを知っている。
平穏に暮らしたいと願う俺たちとはあいいれない存在になってしまった。とはいえ、こいつは自分の選んだ世界で必死でやってきたのだ。そのことだけは言葉にしなくてもわかる気がした。
だからこそ、結婚式には呼びたくなかった。今さら晶一に世間体のいい嘘の経歴をおしつけて、置物のようにおとなしく親族席に座っていてくれなどと言いたくなかった。
お前はお前なんだろ。心の中でつぶやく。それはきっと譲れないんだろう。
「あ、さっき『花みずき』寄ったら、カヨコさんさあ、ひっさしぶりに行ったのに俺がマンデリンフレンチ好きなこと覚えていてくれてさー、何もきかないで豆ひいてくれてさー」
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