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早くに父親を亡くした俺は、この小さな喫茶店の売り上げでなんとか大学まで行かせてもらった。
俺が今一人暮らしをしている部屋は、この店の倉庫がわりとして近くに借りているマンションだった。喫茶店のバックヤードが狭すぎるのだ。
家族向け3LDKの部屋の二部屋を倉庫に使い、ダイニングキッチンと風呂、トイレは俺の住居スペースになっていた。
家族はみんなここの鍵を持っている。
そう。あいつも家族だったな、とまた複雑な思いがわいた。
「おかえり」
ダイニングのドアを無言で開けると、ベランダで煙草を吸っていたそいつが室内を振り返った。手にしていた灰皿に押しつけて火を消し、窓を閉める。一度かがんだのは、ツナの空き缶を拾ったからだ。
俺は仕事用の鞄をテレビ前のソファにほうった。
「あのな。ノラ猫に餌やんなよ。近所から苦情が来て困るのこっちなんだから。あと、人間用の食べ物やるなんて非常識だぞ。やるならやるで、ちゃんと猫用の‥‥」
ふっとそいつが破顔した。
笑ってる場合か。俺がむっとしている様子が伝わったのか、やっとまともな顔をした。
「いや、ほんと秋則(あきのり)は変わんないねーよな。厳しいようで、でも詰めがやたら甘いっていうか」
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