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二十八。その年齢に不釣り合いなほど高級な黒のスーツを来ている。玄関に置かれたぴかぴかに磨かれた革靴だって、きっと俺の給料一ヶ月分ほどの値段なんだろう。その背中から尻、太ももにかけて、カッと目をむいた麒麟が彫られているのを、俺は知っている。
「いやもう、そういうことは考えてねえから。こっちの世界に恩返さなきゃならん人もいるしな」
「父さんが、俺の結婚や昇進に影響があったらいけないから、晶一を戸籍から抜いてもいいって母さんに言ったんだぞ。父さんがどんな気持ちでそう言ったと思ってるんだよ。お前はたったひとりの肉親にそういうこと言わせてるんだぞ」
晶一は黙って窓の外を見ている。いや、見えているのだろうか。
窓ガラスは鏡のように室内の証明を反射している、ダイニングの椅子に座ってぎゅっと眉を寄せた俺の姿と、そんな俺に背中を向けた晶一の無表情な顔が映る。てかてかのオールバックなんて似合わねえよ、と言いたくなる。
「……そういう刺青入っていると、病院行っても診てくれなかったりするんだろ。かかわり合いになりたくないから、症状とか関係なくたらいまわしにされるって聞いた。なんでそんなの入れちゃったんだよ」
ガラスの中の顔が片眉を寄せてと苦笑した。
「だーかーら、秋則はそういうとこが甘いんだって」
中学生だったある日、母さんが俺に塾の帰りに店に寄るように言った。
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