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仕事と家の往復だけを繰り返す平日。
日が傾いた、春の午後はまだ少しだけ寒い。
「ただいまー」
珍しく電気がついていない玄関先で、扉を閉めながら声をかける。
「かーける~?」
玄関の扉が完全に閉まると、電気の点いていない玄関は一瞬で闇が支配する。
私は、リビングに居るであろう人物の名前を呼んだ。
いつもなら、「おかえり」とリビングから笑顔で出迎えてくれる翔が、今日は顔を出さない。
なんとなく、鍵を開ける時から違和感を感じていた。
それは言い表しようのないもので、唯の思いすごしだと思っていた。
しかし鍵を開けた今、その違和感がくっきりと輪郭を縁ったように現れた。
―…靴が、ない。
いつもなら、玄関に入ってすぐ左手にあるシューズクロークの下のスペースに、翔愛用の白いスニーカーが置いてあるのに、今日はなかった。
飼い猫が居なくなってしまったような焦燥感が、一気に全身を駆け巡る。
私は玄関でパンプスを脱ぎ捨てると、勢いよくリビングの扉を開けた。
濃い色の木目調の扉の先には、薄暗い十二畳のリビング。
「翔?」
その薄暗いリビングに人影がないことを確認すると、次に寝室の扉を開ける。
六畳の寝室には、大きすぎるダブルベッド。丁寧にベッドメイキングされている風景は、いつもと同じ。
洗面所、トイレ、浴室。
この家の全ての扉を開けたけれど、そのどの部屋も暗くて。
誰もいないこの家は、春先とは思えないほど冷たかった。
―…リビングの中央にあるローテーブルの上に異常な存在感を放つ置き手紙があったけれど、見て見ぬフリをした。
その手紙の存在を認め、手に取ってしまったら、本当にこの家に一人きりになってしまうような気がしたから。
「…もしかしたら、コンビニに行ってるのかも」
誰もいない空っぽの部屋では、独り言がよく響く。
私はスーツも脱がずに全ての荷物を玄関に置いたまま、再び脱ぎ捨てたパンプスを履いて家を出た。
あの部屋で見たもの全部、なかったかのように。
あれ、どうしたの?なんて言って笑って。
アイスの入ったコンビニ袋を提げて、私の元に駆け寄ってくる。
何時も通りの翔の姿を、脳内で勝手に作り出した。
勿論、そんなことあるわけないのに。
それでも、脳内が都合よく合成した翔の姿を追っていると、
「―…葵?」
背後から、私を呼ぶ声が聞こえた。
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