第1章

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新しい街にやってきた。 長かった髪をばっさり切った。今までに着たことないような服も着てみた。メイクだって変えた。決別宣言。いらない物はばっさり捨てた。スーツケースにいるものだけを入れて私は今、この地で新しい生活を始める。 引っ越してきたのは海の見えるアパート。家具や家電は後日来る。仕事は続けてるが、引っ越し、ということで一週間の有休を取った。久しぶりにゆっくりとした時間が過ごせる。 「なーんか食べにいこ」 正午。お腹が鳴る。スーツケースをごろごろ引きずりながら、海風が心地よい遊歩道を歩く。 ファミレスやチェーン店はあまりない。というより、引きずって歩ける範囲内にない。もう、しばらく歩いた。疲れたのだ。 「ん?」 ある店の看板が目に止まる。《喫茶 カルダモン》小さな、でも雰囲気があってオシャレな喫茶店だった。焦げ茶を貴重としていて、アンテイク調の看板は鳥を型どっている。 カランコロン、とベルが鳴る。「はい、いらっしゃい」中から響くのは低音の男声。 中にいたのは、いかにも喫茶店のマスタという感じのロマンスグレイの髪を七三分けにセットし、髭を生やしたおじさんだった。白いシャツに黒いベスト蝶ネクタイに銀縁の丸眼鏡。格好までもが、“いかにも”という感じがする。50代くらいだろうか。サイフォンを触れる手は大きくて年季の入った皺がある。
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