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「たけし君、お母さんお迎えにこないね」
保育士の神崎弥生はしゃがみ込み、視線を木内たけしに合わせた。
「…ママは僕が悪い子だから、お迎に来ないの?」
たけしは唇を噛み締め、涙を堪えた。
「そんな事ないよ、たけし君は良い子だよ。今日だって給食で嫌いな人参全部食べたじゃない」
弥生は笑顔を浮かべ、たけしの頭を優しく撫でる。
「…それにしても遅いわね」
弥生は腕時計に視線を移した。
時刻は七時を過ぎている。
園内には弥生とたけしの二人しか残っていなかった。
「…たけし君、先生お母さんにもう一度電話してくるね。良い子で待ってられるかな?」
「…うん」
たけしはすっかり暗くなり始めた空を窓から見詰め、体を震わせた。
弥生はたけしの答えを聞くと、教室を出て、電話のある部屋へと向かった。
「……たけし君、迎えにきたよ」
扉を開け、白いワンピースを着た十歳くらいの少女が教室に入ってきた。
「…お姉ちゃんだーれ?」
一人きりで怯えていたたけしは、顔を上げ、少女を見詰めた。
「…たけし君のママから頼まれたの…ママのところに行こう」
少女はゆらゆらと動くその腕をたけしに差し出した。
「…ママから?…うん!帰ろう!」
母親の事を聞き、たけしに笑顔が戻った。
「…帰ろう」
少女は差し出されたたけしの幼い手を取ると、教室から出て行った。
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