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「お姉ちゃん、お名前は?」
園を出たたけしは、少女と手を繋ぎながら、嬉しそうに尋ねる。
「…名前?…忘れちゃった」
少女はたけしを見下ろし、冷たい視線を送る。
「……ママは…どこに居るの?」
少女の瞳に恐怖を感じたたけしは、がたがたと震え始める。
「…今から行くところ」
少女は無表情から一転、とぎきりの笑顔を見せる。
「…早くママに会いたいな!」
少女の笑顔を見て震えが止まったたけしに、笑顔が戻る。
「…着いたよ」
暗がりの中、歩いていた二人は足を止めた。
「僕んちだ!ママ!ママ!」
たけしは少女の手を離すと、暮らしなれた我が家の門をくぐり、玄関を開けた。
「ただいま!ママ!どこ!?」
靴を脱ぎ捨て、たけしは部屋のドアを次々と開けて行く。
しかし母親の姿は見当たらない。
「ママ!どこなの!?」
たけしは涙ぐみながら風呂場へと繋がるドアに手を掛けた。
「…たけし君、ご飯だよ」
ドアノブを握るたけしの手を少女が掴んだ。
「えっ?…ママどこなの?」
たけしは怯えた目で少女を見詰めた。
「…ご飯食べたら、お母さんのところに連れて行ってあげる」
少女はじとっとした瞳でたけしを見詰めた。
「…う、うん」
たけしは幼いながらにも、その瞳に逆らえなかった。
二人は手を取り、リビングに向かう。
「…お母さんの手料理だよ…食べて」
テーブルにたけしを座らせた少女は、口を開いた。
たけしは震えながら、テーブルに視線を落とす。
テーブルには、ハンバーグが載った皿が置いてあった。
「…いただきます」
たけしは怯えながらも、早く母親に会いたい一心で、ハンバーグを口に運んだ。
「…美味しい?…お母さんの手料理」
少女はテーブルに両肘を付き、満面の笑顔を浮かべる。
「…う、うん」
味など感じる余裕がないたけしは、少女と視線を合わせず、ハンバーグを次々と口に運ぶ。
「た、た食べた!ママ、ママのところに連れてって!」
最後の一口を飲み込むと、たけしは叫んだ。
「…ちょと待ってて」
少女は笑顔を浮かべたまま、リビングを出て行った。
「…ママ…どこなの?」
恐怖の対象が目の前から消え、たけしは辺りを見渡す。
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