風岡 夏純――①

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そんな心情を表現するかのように、夫は小刻みに震える手を中空で彷徨わせながら呟きを漏らしてきた。 よく見れば、息子の身体も震えるように揺れており、そのだらりと下げられた両手はきつく握られ、真っ白になっている。 娘の身に何が起こったのかを確かめたい衝動と、見ない方が良いのではと思う防衛反応。 色々な感情が頭の中で膨らむのを自覚しながら、すみれは夢遊病患者のようなゆっくりとした足取りで部屋の中へと歩を進めた。 一歩、二歩と足を動かし、息子の背中で隠されていた場所、ベッドの上が見える位置まで移動して。 「……?」 すみれは一瞬、訝し気に眉宇を寄せた。 それから、警戒する野良猫が人間の置いた餌へと近づくような動きでベッドへ近づいていく。 「…………!?」 そうしてやっと、そこに横たわるモノが自分の娘であるという事実と、その異様な状態を把握するに至った。 ベッドに仰向けで横たわるのは、間違いなく娘の愛だ。
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