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後ろを見ながら蜘蛛に早口で叫んだ。
「知らん! 中の中には入っちゃなんね!」
「どうなっているんだよ?! 蜘蛛!」
僕は堪らなくなって走りながら叫ぶ。
絵の具の匂いがプーンと強くなった。
通路はいくら走っても通路のままだ。絵の具は疲れないようで僕を追ってきている。
「あ、そこ! 穴がある!」
蜘蛛が叫ぶ。
走りながら見てみると、少し先に小さい穴が壁に出来ていた。
僕はその壁の穴に頭から突っ込んだ。
死にもの狂いで穴をモグラの様に這っていく。這いつくばる姿は誰でも笑える姿だった。
……この僕が死を怖がっているかって……冗談じゃないよ。
絵の具はこの中まで入れないようだった。
しばらく、壁に出来た穴を這っていくと出口が現れた。真っ暗な穴から光が差し込んでいる。僕はそこまで這っていくと、また別の通路へと出た。
その通路はドアがいくつかあり、また、安全だった。
「おい、蜘蛛。お腹が空いてきたよ」
僕は朝から何も食べていなかった。おじいちゃんの死を知らされてから、今まで走りっぱなしだった。
「そのドアを開けてみな」
蜘蛛の言う通りに赤いドアを軽くノックして開けると、
「いらっしゃい。おチビちャん」
中には、包丁片手に黄色のエプロン姿の筋肉隆々の中年男性がいた。髪は少し茶色を覗かせている。白い色のズボンとシャツを着ている。精悍な顔つきはボクシングでもしているのだろう。
「こんにちは」
「おチビちゃん。お腹は空いてないかい。よかったら食べていきなよ」
気軽な口調の中年男性は僕に御馳走してくれるみたいだ。僕は今日一日での初めての食事を切望した。
その部屋は正面から全て見える。いとこのおにいちゃんのいる1Kのようだった。こじんまりとしていて、手前が大きな鍋があるキッチン。奥の部屋は小さいベットが端っこにポツンとある。独り暮らしのようで、ちょっとだけの生活感。ちょっと留守にするだけで生活感が消えそうな場所だ。
僕は小さいテーブルに座った。蜘蛛は何を食べるのだろう。
「おい、おじさん。俺にはキュウリを」
肩に乗った蜘蛛がきゅうりを貰おうとする。
「了解。蜘蛛さんには新鮮なきゅうりをやろう。おチビちゃん待っててくれ、今とびきりの飯をくれてやるから」
中年男性は意気揚揚とキッチンで包丁を振るい。少しの間で大きな鍋にいろいろな食材を入れるようになる。
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