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会社で必要以上に接してこないのは杉浦くんも同じで、きっと変な誤解をされたくないと思っているからだと思っていた。
なのに、どうしてこんな誰に見られてもおかしくないような会社の近くで話し掛けてきたんだろう。
私の遠慮がちな問い掛けに、杉浦くんがいつものように爽やかな笑顔を浮かべて口を開く。
「もちろん。“取引先の社員”である“千葉さん”を車に乗せたって、別におかしいことじゃないでしょう? たとえ何かを言われたとしても、何とでも言えます。ほら、外は暑いから早く乗ってください。メーターもちょうど切れる頃ですから」
「……そう? じゃあ、お言葉に甘えようかな……。ありがとう、杉浦くん」
「いえ」
杉浦くんのフォローの言葉に私が笑顔で頷くと、杉浦くんも笑顔を返してくれる。
私は辺りを窺いつつ、すっかり乗り慣れた車の助手席に乗り込んだ。
今日は杉浦くんと会うことになっている日で、浮き足立っていたのはそのせい。
毎週木曜日。
私が杉浦くんと過ごせる唯一の時間だ。
その一方、毎週木曜日の夜以外、つまりふたりで会っている時間以外のことは一切干渉しないというのが、私たちの間にある暗黙のルール。
「今日、何が食べたいですか?」
杉浦くんが車を発進させながら、そう聞いてくる。
私たちは会う時には必ずと言ってもいいほど、夕食を一緒に食べる。
そんな風になったのはお互いに社会人になってから。
木曜日という週の真ん中を過ぎた曜日ということもあり、お店が混んでいることもあまりないし、もし1軒目がダメでも2軒目には殆どの確率で入れるから、予約はせずその場で決めることが多い。
それぞれ気になるお店がある時は、「この店に行ってみたい」と提案することもある。
「んー、さっぱりしたものがいいかな。暑いし」
「いいですね。ちょうど俺も野菜が食べたいと思ってたんです。さっぱりしたもの……どこがいいかな……」
頭の中にインプットされているお店を探しているのか、杉浦くんは運転しながら考えてくれているようだ。
営業をしているだけあって、杉浦くんは運転が好きらしく、しかも上手い。
私はいつもそのハンドルさばきに見とれてしまう。
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