第一章 波の狭間で

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 宏輝はカードをゴミ箱に捨てる。いたずらにしろ、本物のラブレターにしろ、どことなく気分が悪くなったのだ。  宛名のない奇妙なラブレター。誰に向けて書かれたものなのかが不明瞭な状態では、送り主を特定することは難しい。宏輝は無意識のうちに、このラブレターを見なかったことにしようと考えていた。厄介なトラブルに巻きこまれたくなかったからだ。  このラブレターが本物だったとして、真っ先に疑うのが送り先を間違えたという可能性だろう。ただこのラブレターはポストに直接投函されていたため、届け先といったほうがしっくりくるのだが。この場合、宏輝は送り主に無断で中身を見てしまったということになる。興味本位だったとはいえ、軽率な行動に出てしまった自分を許すことはできないだろう。  次に考えられるのは宏輝に対するいたずら行為である。いや、もしかしたら宏輝を対象にしたのではなく、このアパートの住人を無差別に狙った子供じみたいたずらだったのかもしれない。この場合、宏輝は特に気に病むことはない。過剰に反応すればするほど、送り主を喜ばせることになるからだ。  そしてこのラブレターが正真正銘宏輝に宛てて書かれたものだという場合。その可能性は微塵も考えたくはなかった。嫌でも数日前から悩まされているあの視線の持ち主を連想してしまうからだ。しかしその可能性は低いだろう。あの視線は最近鳴りを潜めている。関連づけて考えたくはなかった。  だが宏輝の心配は的中することになる。翌朝、またもやカードが届けられていたのである。
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