第一章 波の狭間で

13/19
前へ
/155ページ
次へ
 悪夢だ。宏輝はまた今日も謎のカードをゴミ箱に捨てる。  初めてカードが届けられた日から、今日でもう十日目。いたずらであろうと思っていたカードは毎日のように届けられ、宏輝を精神的に追いつめていた。  文面は毎日異なっている。初めのうちは抽象的なものだったが、その中身は日に日に宏輝個人に宛てられたものになり、また文面も性的なものになっていた。 『僕にとって君は眩しすぎる』 『抱きたい』 『ヒロキを僕だけのものにしたい』  宏輝を苦しめる相手が自分と同じ男であるとわかったとき、宏輝はおぞましさに吐き気をもよおし、その日の授業を休んだ。カードには精液らしきものがかけられた形跡も見受けられる。  ――どうして、また男に執着されるんだ。  宏輝は感じることのないはずの悪臭に鼻を歪める。十年前の忌まわしき記憶が、この数日間の嫌がらせによって呼び起こされ、当時の混乱の中に宏輝自身を落としこむ。  ――嫌だ。嫌だ。助けてマサくん。  あの日、宏輝は必死で将大に助けを求めた。この声が将大には届かないことは承知の上で。身体中を這い回る脂ぎった手のひら。むせかえる汗の臭い。うなじにかかる生温かい吐息。 「うぅ……っ、うぁ……ぅ……っ」  過去のトラウマに苛まれた宏輝は、この日も大学を欠席した。
/155ページ

最初のコメントを投稿しよう!

118人が本棚に入れています
本棚に追加