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嫌がらせはその後も続き、宏輝は精神的に追いつめられ、その影響は身体にも出るようになった。不眠気味になり、思考が安定しない。食欲も落ちる。全身を包みこむ倦怠感。もともとやせ形だった身体はさらに細くなり、頬もげっそりとこけ、目の下にはくっきりと隈が刻まれた。
毎朝郵便受けを見るのが怖くなり、郵便受けを確認しないで大学に行く日々が続き、溜まりに溜まった郵便物を見た大家がわざわざ部屋まで届けに来た日もある。
もちろん、例のカードも大量に溜まってあった。可愛らしい包装を見て、大家は「恋人からのプレゼントかい?」と尋ねた。冗談じゃない。これらのカードは目に見えぬストーカーからの嫌がらせだ。
――ストーカー。
そうだ、宏輝を悩ます相手はストーカーなのだ。ストーカーなられっきとした犯罪だ。訴えればどうにかなるかもしれない。だが宏輝はストーカーからのカードをすべて処分してしまっていた。手元にすら置いておきたくはなかったからだ。
それに何と言って訴えればいいのかもわからない。宏輝がされたことはストーカーと思しき見知らぬ相手――おそらく男から毎日カードを送りつけられたというだけのことだ。その内容も脅迫めいたことではない。直接的な被害がないため、誰かに相談するのもためらわれた。
だが宏輝はもうこのアパートにひとりでいることに恐怖を覚え始めている。このままストーカーの行動がエスカレートしたら。そう考えるだけで冷や汗が出る。家はもう知られているのだ。かといって引っ越し資金なんてものは、ごく普通の学生に備わっているはずもない。
「……助けて……マサくん……」
いまの自分が頼れる相手は将大だけだ。宏輝はスマートフォンと財布だけを持ってアパートを飛び出した。
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