第一章 波の狭間で

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 将大のアパートは二階建てで築年数が長い、いいようによっては古臭い外観をしている。  宏輝のアパートは比較的新しいもので、内装も綺麗だが、将大のアパートは壁にたばこの染みが残っていたり、備えつけの浴槽がいけすみたいに狭かったりと、都内としてはかなり格安の物件だと思わせる要素が何点かある。  将大はそのアパートを大学から近いから、という理由で即決したらしい。将大は住む場所にあまり頓着しない人間なのだ。しかし、宏輝が頻繁に上がりこむようになってからは、もう少しいい物件にすればよかったと後悔するようになったそうだ。  だが宏輝はその古風な内装が武骨な将大にはお似合いだと思っている。将大は宏輝のために食器や小物を新調したそうだが、宏輝自身も将大のように住居に対する頓着は薄い。宏輝は将大の隣にいられれば、それでよかった。  将大の部屋はアパートの外階段を上がった二階の奥の角部屋だ。外階段を上がるときの金属がギシギシと擦れ合う音にも、もう慣れた。ギシギシが重なるたびに将大のもとへ近づけると思うだけで、宏輝は安心感に包まれていく。  ――203号室。長谷川。  几帳面だけど、どこか力強い将大の筆跡を指でたどる。宏輝の記憶では、将大は幼少期から習字に通っていて、学内の書道コンテストではいつも金賞だった。宏輝は幼馴染の功績を自分のことのように誇らしく思っていた。  表札の下のインターフォンは塵ひとつ被っていない。将大の几帳面さはこんな場所にもあらわれている。  宏輝はフードの中で小さく微笑み、インターフォンを押した。
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