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空気が淀んでいる。人間の匂いだ。たくさんの人間が通路に溢れかえっていて、押し合いへし合い、まるでお祭り騒ぎだ。当然人間と人間との密着度は高い。触れないように歩くことすら難しいだろう。
たかだか大学の構内だというのに、どうしてこうも混雑しているのだろうか。それはこの場所が他ならぬ、食堂への近道だからだ。腹を空かせた大学生たちは多数のグループで連み、ただでさえ狭い通路の幅をさらに狭めている。
多くの学生がグループで連んでいる中、壁際に佇む男がひとり。
内田宏輝は長袖パーカーの袖を手首まで伸ばしたどちらかといえば女らしい格好で、一団の波が立ち去ることをただただ待っていた。
宏輝がここに立っているのは、ある人物を待っているからである。たくさんの人間が通り過ぎたあとのむさ苦しい臭いの波に辟易しているときに、ようやく彼がやってきた。
「宏輝!」
彼の姿はまだ群衆に覆われていて見えないが、低音でもよく通る声が、宏輝の耳にも届いた。
「マサくん……っ」
うつむいていた宏輝の顔が上がる。人の波が引いてきて、待ち人の姿もよく見えるようになってきた。
宏輝は彼の元へ駆け出そうとするが、それは目の前に横切る人物に遮られる。
「宏輝っ!」
鋭い声が聞こえたと思ったのは一瞬だった。ドンッと身体同士がぶつかる短い音がして、跳ね返された宏輝は後ろへ傾き、尻餅をついてしまう。
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