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「う……っ」
「宏輝っ!」
「あ、すいません! 大丈夫ですか?」
転倒した衝撃でなかなか起き上がれない宏輝に、ぶつかってきた人物が手を差し伸べてくる。だが宏輝はその手に触れることができない。理由を知らない相手は一瞬首を傾げたが、自然に差し出した手を戻した。
「ごめん……助けようとしてくれたのに」
「ぶつかったのは俺だし。気にしないでよ。とにかくアンタに怪我がなくてよかった」
「うん。君も気をつけてね。走ると危ないよ」
「ははっ! 学校の先生みたいなこと言うんだね。面白いね君。何て名前?」
「え……?」
「君の名前教えてよ」
「でも、僕……」
「俺は一年の間宮夏紀っての。一応新入生。こう見えて経済学部だよ。あんたは?」
宏輝は戸惑ってしまう。この間宮という男は宏輝が張ったボーダーラインを、いとも簡単に乗り越えてきた男である。
こんなとき、いったいどうしたらいいのだろう。
宏輝は辺りを見回して彼の姿を探すが、どうしても見つからない。人ごみに飲まれてしまったのだろうか。不安になる。冷や汗が出る。ほんの少し、呼吸が苦しくなってくる。
この状況から逃げるためにはさっさと名前を言って、間宮から離れるべきだ。宏輝は間宮の目を見ないようにゆっくりと立ち上がり、間近にいる彼にしか聞き取れないような小さな声で言った。
「二年の内田」
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