第一章 波の狭間で

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「宏輝、ここでいいのか?」 「大丈夫、一瞬だから。ね?」  宏輝は柔らかく微笑み、将大に向かって両手を差し出す。 「マサくん、おまじないして。今日は触っていいから」 「ヒロ……」  将大が宏輝を愛称で呼ぶとき、ふたりの関係はがらりと変わる。 「おいで、マサくん」 「ヒロ……ヒロ……」  宏輝の胸元に将大が飛びこむ。すかさず将大は宏輝の小さな唇に口づけ、そっとその身を引く。 「もういいの?」 「ヒロ、何かあったのか? とても辛そうだから」 「何にもないよ。マサくんに早く会えなくて寂しかったくらいかな」 「ヒロ……」 「そろそろ次の講義かな。行こうかマサくん。遅刻しちゃうよ」 「ああ、そうだな」  宏輝は将大に背を向け、足早に歩きはじめる。将大もまた宏輝の後ろに続いた。  次の講義は宏輝も将大も選択しているため、教室までの道は同じだ。宏輝と将大は教室へ着くまで一言も発さずに、前だけを見て歩く。後ろには心強い将大が常についているので、彼のそばにいるときだけは安全だ。唯一と言っても良いほどに心が安らぐ。  一方の将大はというと、このとき見ていたのは宏輝の華奢な後姿である。その身体は衣服という鎧に包まれ、接触してくるものを静かに拒んでいた。
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