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「宏輝、ここでいいのか?」
「大丈夫、一瞬だから。ね?」
宏輝は柔らかく微笑み、将大に向かって両手を差し出す。
「マサくん、おまじないして。今日は触っていいから」
「ヒロ……」
将大が宏輝を愛称で呼ぶとき、ふたりの関係はがらりと変わる。
「おいで、マサくん」
「ヒロ……ヒロ……」
宏輝の胸元に将大が飛びこむ。すかさず将大は宏輝の小さな唇に口づけ、そっとその身を引く。
「もういいの?」
「ヒロ、何かあったのか? とても辛そうだから」
「何にもないよ。マサくんに早く会えなくて寂しかったくらいかな」
「ヒロ……」
「そろそろ次の講義かな。行こうかマサくん。遅刻しちゃうよ」
「ああ、そうだな」
宏輝は将大に背を向け、足早に歩きはじめる。将大もまた宏輝の後ろに続いた。
次の講義は宏輝も将大も選択しているため、教室までの道は同じだ。宏輝と将大は教室へ着くまで一言も発さずに、前だけを見て歩く。後ろには心強い将大が常についているので、彼のそばにいるときだけは安全だ。唯一と言っても良いほどに心が安らぐ。
一方の将大はというと、このとき見ていたのは宏輝の華奢な後姿である。その身体は衣服という鎧に包まれ、接触してくるものを静かに拒んでいた。
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