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「別に、金返せとか訴えるとか言いませんから、本当のことを教えて下さい。そういうの、きちんと知っておかないと、心構えとかできないんで」
「本当も何も、あの部屋は何でもない普通の部屋です。…というか、そんな話、いったい誰から聞いたんですか?」
「え、あの…お隣さんの噂で…」
言うなり管理人の顔色が変わった。
「お隣って…どっちの?」
「通路から見て左の部屋です。四十前くらいの、普通の奥さんて感じの人で…」
隣室の位置と対面した相手の特徴を離すと、管理人の顔色はますます悪くなった。その理由がすぐに青ざめた唇から溢れる。
「事故物件は、そっちの部屋なんです…」
説明はこうだった。
俺が借りた部屋は、前は若い夫婦が住んでいたのだが、何故か隣の部屋の奥さんがそのご夫婦に粘着し、色々騒動を起こしていたという。
粘着の理由は判らないが、他の住民達の話では、隣室の奥さんが、ご夫婦は何かにとり憑かれていると、たびたび喚いていたということだ。
そんな騒動に嫌気が差し、若い夫婦は他へ引っ越した。その直後に、隣室の奥さんは部屋で首を吊ったという。
「自殺者の出た部屋の隣ということで、お宅も若干家賃は控えめ設定にしたんですが…ああ~。そんなじゃあの部屋、借り手がつかないなぁ…」
管理人の嘆きに何と答えていいか判らず、俺はそのまま自室に向かった。
聞いた話がまだ信じられない。
幽霊? 俺が出会ったあの奥さんぽい人が?
どこからどう見ても普通の人間だったし、会話だってしたのに?
頭の中はそれでいっぱいで、気づけば部屋のある階に戻っていた。
エレベーターを降り、通路を進む。その時、隣の部屋の扉が見えた。
後ろ姿だが間違いない。さっきの人が立っている。自分の部屋の扉を見ている。
何をしているんだろうと足を止めてみていたら、閉じたままの扉の中にその姿が掻き消えた。
…さすがに、越して来たばかりで次に移る程の金はない。だからしばらく我慢する。その期間、間違えて、俺の部屋には来ないでくれよ、お隣さん。
お隣さん…完
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