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1   埼玉県新越谷郊外には、賽の目のように建売住宅が建ち並び、朝7時5分あたりにほぼ一斉にスーツの会社員、私服の女性達が家を出る。   ヒールと合皮のビジネスシューズのツカツカと耳障りな反響音が、朝の短いラッシュ時に暴力的なまでに耳朶へ打ちつける。 加齢した汗と、女性用制汗剤の香料の混じった社会人の匂いが新越谷駅中を漂う。 「うえ、朝の駅構内には来たくなかったのに」 東武スカイツリーライン下りから下車し、天王洲(テンノウズ)アリスはキャリーバッグをしんどそうに持ちながら、新越谷駅を後にする。 朝じゃなくても良かったのに、別な物探しの依頼が突発で入っちゃったからこの時間になった。 「あー、早く売れなきゃ」 スマホの地図を参照しながら、アリスはバスを乗り継ぎ建売のひときわ大きなサイズの戸建て前に到着する。 「成澤さん……ここだ」と、間髪入れずにインターフォンを押す。 「はい。どなたでしょうか?」妙齢の婦人が応対する。 「私、探偵業を営んでます、天王洲アリスでーす。成澤祐子さんにちょっとお話がありましてー」母に甘える子供の様に、アリスは語尾を伸ばす。  「……なんでしょうか?」名前といい、目的といい警戒心を露わにしてくれと願う程の不審さで祐子は、緊張感にとらわれながら慎重に相手の反応を見る。 「本野悟君(モトノサトル)の件で聞きたい事がありましてー」 チェーンを外し、祐子は姿を見せる。 後ろで長い茶髪を結んで、前髪を左右に分けて、薄桃色のフレアスカートとベージュのカーディガンにイミテーションの真珠のネックレスを着ている。 「はあ、なんでしょうか?」 「時間もあまりないので単刀直入に。成澤さん、あなた何か隠し事していませんか?」 肯定のサインとして、祐子はチェーンのロックを外しまだ成人に至っていないであろう十代の探偵を家に招き入れる。大丈夫、あの事は漏れていない。 彼との睦み事は決して。
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