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「染み……ですか?」  その声に振り返ると、店主と思しき老人が立っていた。彼は僕の手の中の本にチラリと目を向ける。 「それくらいの汚れだと、大手の古本屋では買い取ってもらえないみたいだけど、うちは違うんです。汚れや書き込みといったものも、その本の味だと思っていてね。前の持ち主がどんな人柄だったのか……なんて想像も膨らむでしょ?」 「なるほど」と店主に応じてから、 「じゃあ、この本の持ち主は、どんな人柄だったんでしょうね?」 「そりゃ、そんな大きな染みをつけるんだから、うっかりもので、大雑把な方でしょうな」  いやいや、それをつけたのは僕なのだ。彼女はむしろ繊細でしっかり者……と思ったけど、これは彼女の本と決まったわけでない。彼の言った通りうっかり者かもしれないのだ。裸足でノラネコを追いかける主婦のような。 「ちなみに、憶えていませんか?この本を売った人」  その問いに老人は「うーん」と眉根を寄せた。 「さすがにこの歳になると物覚えが悪くてね」  思いのほかがっかりしている自分に気づく。僕は何を期待していたのだ。 「そうですか」とため息混じりにカバーを元に戻す。予想以上に安い値札が目に付いた。せっかくだから読んでみるのもいいかもしれない。散々勧められたにも係わらず、開きもしなかったこの本を。
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