第2話

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 彼女の家は、私のアパートよりも手前の駅で降りたところにある。私は一度駅を出て、彼女がタクシーに乗るところまで付き合う。  それまで、どこか彼女は心ここにあらずといった様子で、ときどき口を開きかけては私を見つめ、やっぱり何も言えないと言いたげに唇を噛む。 「大丈夫?」  私はタクシーに乗り込んだ彼女にそう声をかけると、さやかさんは困ったように笑った。そして、「また来週ね」と言うと軽く手を振った。  何か私に言いたいことがあるらしいとは気づいたものの、それが何なのか解らない。それに、無理矢理聞き出すというのもためらわれて、結局私は彼女の言葉に頷いてそこで別れた。  何だか、心に引っかかるものがある。  しかし、それが何なのか解らない。  私はやがて考えることをやめ、自分のアパートへ向かって歩き出したのだ。  月曜日、お昼休みに私は松下にこう言われた。 「さやかさん、お前に気があるんじゃないかな」 「まさか」  私は無造作に笑ったのだが、そんな私を見つめた彼は、呆れたように肩をすくめる。 「あれから、どうしたんだよ? 飲み会の後」 「後って、さやかさんを送ってから帰ったが」 「それだけか?」 「ああ」  途端、松下が「せっかく気を利かせたつもりなのになあ」と呟いて頭を掻いた。なるほど、そういうことか。  私は松下がいきなり私たち二人をあの場に残した意味を理解して、そっと笑う。でも、多分、彼の読みは間違っていると思う。  そんなことを内心考えていると、松下はそんな私の心の動きまで読み取ったように笑い、こう言った。 「相手がお前みたいなヤツだと、女の子も苦労するだろうなあ」  それは否定しない。  松下がどういう意味で言ったのかは解らないが、多分それは事実だろう。  結局、私とさやかさんの関係はそれきり進展することなく──だから、きっと松下の勘違いだろう──、日々が滞りなく過ぎていった。  いつの間にか私の首筋にあった傷口も消え、貧血といった症状もあれきりなく、平和な毎日である。  仕事は相変わらず忙しく、職場とアパートを行き来するだけで毎日が過ぎていく。  そんなときである。  私は、また『彼』と会ったのだ。
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