220人が本棚に入れています
本棚に追加
少年がリビングに足を踏み入れ、テレビの近くにあるソファに腰を下ろして言った。私は手にしていた荷物をキッチンに運び、冷蔵庫の中にビールを入れる。そして、素っ気なく訊いた。
「好き嫌いはあるか?」
あると言われても困る。どうせ、ここにあるものでしか食事は出せない。だから、一応、参考までに訊いただけだ。
「いや、ない」
少年はそう言いながらテレビをつける。途端、明るい笑い声がテレビの中からこぼれだした。私はテレビを見つめている少年の背中を見つめ、小さなため息をつく。それから、食事を作るためにキッチンに向き直る。
炊飯器にはタイマーがかかっていて、一人分の飯がそろそろ炊きあがる予定になっている。仕方なく、私はそれでチャーハンを作ろうと思い立つ。具をたくさん入れてしまえば、量も増える。
それと、冷蔵庫の中には焼きそばの麺が入っていたはずだ。私は手際よく料理を済ませ、少年の前に皿を置く。そして、彼が食事を始めてから自分も座る。
「人違いではないと言ったな」
私は食事の合間に彼に訊いた。彼はテレビを見ながら焼きそばをつつき、ときどきくすくすと笑っている。しかし、テレビから目をそらして私を見やり、わずかに真面目そうな表情で頷いた。
「そうだよ。……あの時はありがとう、お兄さん」
「あの時と言われても」
私が眉をひそめていると、彼は薄く笑って皿をテーブルの上に置いた。そして、そのままにじり寄るようにして私のほうへ近寄ってくる。何となく反射的に、彼から遠ざかろうと身を引いたところで、彼の手が私の首筋に伸びた。冷たい指先が私の首に触れて。
「あの時、やりすぎちゃったかなって思ったんだよね。俺、制御できなかったし、お兄さんに負担をかけちゃったかな、って」
「何の」
話、と言いかけて。
少年が突然、私の首筋に顔を寄せた。慌ててそれを押しのけようとしたものの、それはあっという間だったのだ。
ちくりとした感触と、忘れていた快感。
「……あ」
私の指先が震えた。必死に少年を押しのけようとしていた腕から力が抜けた。自分が意図しないままに、息が上がる。その場に倒れ込みたいという欲求に負けそうになった。
力が入らない。
最初のコメントを投稿しよう!