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「な、に?」
いき過ぎた恐怖は感じなくなるのだろうか。
私はただ茫然とその美しい顔を見つめる。
「私は全く解りませんよ」
久住の細い指が私の頬に触れる。
途端に、震えだしたこの身体。
その震えを感じて、私の恐怖を感じて、悦に入る久住は正に悪魔のような感じがした。もしも悪魔というものがこの世に存在するとしたら、それは正に。
「黒崎にしろ秋葉にしろ、なぜ人間を提供者にしたくらいで守らなくてはいけないと言い出すのか。人間なんて消耗品じゃないですか? 死んだら次を準備すればいい」
声が出なかった。
久住の指が頬から首筋へと降りていく。
冷たい。
そしてそれが痛みに変わる頃、私はただ潤のことを思い浮かべていた。
今すぐ、ここにきてくれと、ただそれだけを願った。
しかしその前に、この場に現れたのは。
「全く、何をしているんだ」
気がつくと、久住の背後にいたのは黒崎だった。一体どこから入ってきたのかという疑問がわくよりも先に、久住と二人きりではないということに安堵する。
黒崎は久住を背後から抱きしめる。
久住はどことなく陶然としたような表情を見せ、私という存在から興味を失ったようだった。私から身体を離し、黒崎を見上げて微笑む。
黒崎は久住をさらに抱き寄せ、彼の首筋に己の唇を寄せる。その整った唇から覗いた鋭い犬歯。
「黒崎……」
そう名前を呼んだ久住の笑顔はあまりにも鮮やかで。
しかし。
「勝手なことはするなと言った」
そう黒崎は冷たく囁いた瞬間、久住の身体が大きく跳ねた。
凄まじい音がして、久住が壁際で崩れ落ちているのが見えた。本当に一瞬のことで、何があったのか解らなかった。ただ、アパートの壁の一部にひびが入り、ぱらぱらと粉状のものが天井から落ちてくるのが解った。
「く、ろ……」
唇の端から血を滴らせながら、久住がゆっくりと身体を起こす。
しかし、その前に立った黒崎の威圧感は凄まじいまでのものだった。身体中から怒りの気配が立ち上っているのが解る。
「お前が人間を家畜と思っているのは解っている。だが、俺は人間を利用すると決めている。そのためには」
「黒崎!」
久住は首を振った。「あなたは解ってない!」
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